京都・祇園祭の宵山と山鉾巡行へ。歩いて感じた千年の祭り

2026年7月中旬、1泊2日の京都一人旅へ出かけました。旅程を組んでいると、たまたま日程が重なっていたのが祇園祭でした。

しかも訪れたのは、前祭の宵山最終日と、その翌日に行われる山鉾巡行の日。せっかくならしっかり見てみようと、京都の街を歩きながら祇園祭を楽しんできました。

祇園祭は、7月1日から31日まで約1か月にわたってさまざまな祭事が行われる八坂神社の祭礼です。その起源は平安時代までさかのぼり、869年(貞観11年)、京をはじめ各地で疫病が流行した際に、悪疫を鎮めるために行われた祇園御霊会にあると伝えられています。

今回見た宵山や山鉾巡行は、そんな長い祇園祭のほんの一部分。それでも、実際に歩いてみると、祭りの華やかさだけではない、京都の町と人が積み重ねてきた時間を感じる旅になりました。

京都の街を舞台に行われる祇園祭。宵山で見上げた函谷鉾の様子。
目次

宵山(よいやま)の夜を歩く

僕が訪れたのは、前祭の宵山最終日にあたる7月16日でした。

宵山とは

山鉾巡行を前にした3日間のこと。前祭は7月14日〜16日、後祭は7月21日〜23日に行われます。

山鉾町を歩いていくと、それぞれの町に山鉾が建ち、日が暮れるにつれて駒形提灯の明かりが街を照らします。祇園囃子も聞こえてきて、普段の京都観光とはまったく違う雰囲気に包まれていました。

一部の道路には交通規制が入り、通りはたくさんの人でいっぱい。屋台が並び、普段とは違う時間まで営業しているお店もあり、京都の街そのものがお祭りの会場になったようでした。

日が暮れると駒形提灯に明かりが灯り、祇園囃子が響き始めます。

そして、やはり目を引くのが山鉾です。

公式情報によると、山鉾の中には5〜8階建てのビルほどの高さになるものもあります。実際に真下から見上げると、その大きさに驚きました。そして、一つひとつ姿や由来が異なります。太子山や月鉾など、名前を見ただけでも「なぜこの名前なんだろう」と気になる山鉾が次々に現れます。

こちらは月鉾。きらびやかな装飾と、見上げるほどの大きさが印象的でした。

各所には由来を紹介する案内もありましたが、人の多い宵山を歩きながら、その場ですべて理解するのはなかなか難しいものです。

――「もう少し予習してから来れば、見え方も違っただろうな」

そんなことを思いました。

一度ですべてを知ろうとするのではなく、訪れるたびに一つずつ由来を知っていく。祇園祭には、そんな楽しみ方もあるのかもしれません。

歩行者天国となった通りは、大勢の人でにぎわっていました。

岩戸山の厄除け粽

せっかく宵山を訪れたので、ぜひ一つ手にしたかったものがありました。

祇園祭の「厄除け粽(ちまき)」です。

名前だけを聞くと食べ物を想像してしまいますが、祇園祭の厄除け粽は笹の葉で作られた疫病・災難除けのお守り。京都では玄関先や軒先などに飾り、一年ごとに新しくする習わしがあります。

今回、岩戸山で授かった厄除け粽。食べる粽ではなく、疫病・災難除けのお守りです。

各山鉾町で粽の意匠や授与品も異なるので、「どこでいただこう」と考えながら歩くのも面白いところでした。

僕が選んだのは「岩戸山」です。

岩戸山は、天照大神が天岩戸から現れる日本神話を題材にした山。名前には「山」とありますが、車輪を備え、巡行では鉾のように曳かれる「曳山」です。

祇園祭の厄除け粽には「蘇民将来子孫也」の護符が付けられ、『備後国風土記』に残る蘇民将来の故事にちなむものとされています。僕の住む伊勢周辺でも「蘇民将来」と記した札を付けた注連縄を一年中、玄関などに飾る文化があるので、遠く離れた京都の祭りの中に身近な言葉を見つけたことも印象に残りました。

山鉾町によっては授与品が早い時間に終了することもあります。目当ての山鉾や授与品がある場合は、公式情報で授与時間などを調べてから向かうのがよさそうです。

祭りの夜の一杯

宵山の楽しみは、山鉾巡りだけではありませんでした。

かなり歩いたところで、普段ならこの時間には営業を終えているお店「讃州屋室町店」さんがまだ開いているのを見つけました。蕎麦やカツ丼はすでに売り切れていましたが、僕が食べたかったうどんは注文できたので、天ぷらうどんをいただくことに。

たくさん歩いた宵山の夜にいただいた天ぷらうどん。祭りの記憶と一緒に残る一杯になりました。

祭りの夜、遅い時間にもかかわらず揚げてもらった天ぷらと、温かなうどんがとてもおいしかったです。祭りの日だからこそ出会えた一杯。こうした寄り道も含めて、旅の記憶になるんですよね。

ちなみに宵山を歩いていて感じたのが、「想像以上に歩く」ということ。

混雑状況によって一方通行になる場所もあり、「そこを曲がりたい」と思っても進めず、かなり先まで歩くこともありました。山鉾の位置を確認できる公式マップなどを見ながら、歩きやすい靴と時間に余裕を持って巡るのがおすすめです。

翌朝は山鉾巡行へ

翌7月17日は、前祭の山鉾巡行です。

道中最初に出会った木賊山の様子。宵山とは違った朝の空気を感じました。

2026年の前祭では23基の山鉾が巡行。午前9時に四条烏丸を出発し、河原町四条、河原町御池を通って新町御池へと進みます。朝、四条烏丸付近まで歩いていくと、巡行へ向かう山鉾に遭遇しました。

大きな山鉾が目の前を進んでいく。それだけでもかなりの迫力です。

ただ、出発地点に近づくほど人は増えていきます。一基の山鉾を追いかけようとしても、人の波に飲み込まれて思うようには進めませんでした。

そこで一度別の予定へ移動し、11時ごろに御池通へ向かいました。

事前に調べて、道幅の広い御池通を巡行を見る場所の候補にしていました。実際に行ってみると、ここでは山鉾が進んでいく姿をしっかり見ることができました。

御池通を進む山鉾巡行。前夜に見た山鉾が街を動いていく姿には迫力がありました。

前日の夜、提灯の明かりの中で静かに建っていた山鉾が、翌日は祇園囃子とともに京都の街を進んでいく。宵山で眺めたときとは、また違った印象があります。

真夏の日差しが照りつける中、大きな山鉾がゆっくり進んでいく姿を眺めながら、「昨日の夜に一つひとつ見ておいてよかったな」と思いました。

受け継ぐ町の力

祇園祭を見ながら、もう一つ気になったことがあります。

これだけ大きく、豪華な山鉾を、誰が守り、どうやって毎年祭りを続けているのだろうということでした。

祇園祭山鉾連合会によると、山鉾は中京・下京の各町に伝わり、最大の鉾は12トンにも達します。組み立てから巡行、解体までには、延べ180人もの人手が必要になるものもあるそうです。

京都の町の中で受け継がれてきた山鉾。華やかな祭りの背景には、多くの人の手があります。

僕の住む伊勢にも、神宮式年遷宮のお木曳行事があり、それぞれの地域で行事を受け継いでいく人たちがいます。

そんな行事を身近に見てきたからでしょうか。祇園祭も単に「大きなお祭りを見た」というだけではなく、普段は人々が暮らしている町の中で、これほど大きな文化を守り続けていることそのものに目が向きました。

見る側にとっては、華やかな数日間。けれど、その舞台の裏には、準備をして、山鉾を守り、祭りを運営し、次の世代へ伝えていく人たちがいます。そう考えると、山鉾を見る目も少し変わってきます。

粽や授与品を手にしたり、一つひとつの山鉾の物語に触れたりすることも、長く受け継がれてきた祭りを知る一つの入り口なのだと思いました。

もっと学んで、また訪れたい

今回見ることができたのは、1か月にわたる祇園祭のほんの一部分でした。

それでも、前祭の宵山から翌日の山鉾巡行まで続けて見ることで、京都の町と祇園祭の関わりを少しだけ感じることができました。

同時に残ったのが、「もっと知ってから見れば、さらに面白かっただろうな」という思いです。

次に訪れるなら、それぞれの山鉾の由来や懸装品、巡行の見どころまで少し勉強してから歩いてみたい。一度見て終わりではなく、知るほどにもう一度見たくなる。祇園祭は、そんな祭りでした。

一度では知りきれない祇園祭。次は山鉾一つひとつの物語を知ってから歩いてみたいです。

なお、僕が訪れた日は会場内ではかなりの人波に巻き込まれたものの、電車での移動自体は想像していたほど大変ではありませんでした。ただし、混雑状況は曜日や時間帯によって変わります。

京都市公式の京都観光Naviでも、公共交通機関の利用、熱中症対策、警察官などの誘導に従った観覧が案内されています。真夏の京都ですので、水分補給をしながら、時間にも余裕を持って楽しむのがおすすめです。

祇園祭・今回訪れた行事の基本情報

蟷螂山のからくりのカマキリが、鎌を振り上げた瞬間を後ろから。

今回体験した前祭の宵山と山鉾巡行を中心に、2026年(令和8年)の公式情報をまとめました。

項目内容
祇園祭八坂神社の祭礼。7月1日の「吉符入」から7月31日の「疫神社夏越祭」まで、約1か月にわたりさまざまな祭事が行われます。
起源869年(貞観11年)、疫病が流行した際、悪疫を鎮めるために行われた祇園御霊会が始まりと伝えられています。
前祭 宵山7月14日〜16日。各山鉾町に山鉾が建ち、駒形提灯や祇園囃子とともに祭りの雰囲気を楽しめます。
前祭 山鉾巡行2026年7月17日(金)。23基の山鉾が巡行しました。
前祭巡行ルート四条烏丸 9:00出発 → 河原町四条 9:35頃 → 河原町御池 10:20頃 → 新町御池 11:20頃(先頭通過予定時刻)
山鉾の数前祭23基、後祭11基の計34基。
厄除け粽笹の葉で作られた疫病・災難除けのお守り。「蘇民将来子孫也」の故事にちなみます。食用の粽ではありません。
岩戸山天照大神が天岩戸から現れる日本神話を題材とした曳山。「山」ですが車輪を備え、巡行では曳いて進みます。
観覧時の注意公共交通機関の利用、熱中症対策、雑踏事故防止のため警察官などの指示に従うことが公式から呼びかけられています。
※日程・巡行時刻などは2026年(令和8年)の公式情報をもとに掲載しています。今後訪れる際は最新情報をご確認ください。

参考・公式情報

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本記事は、取材や体験に基づいた一次情報をもとに、AIツールを活用して構成案を作成し、筆者が内容を編集・レイアウト調整しています。最終的には人の目で確認のうえで公開しています。

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